春の風物詩といえば「お花見」。毎年楽しみにしている方も多いのではないでしょうか。
しかし、「いつからお花見をするようになったの?」「なぜ梅ではなく桜なの?」と聞かれると、意外と答えられないものです。
この記事では、お花見の歴史や由来、桜が選ばれるようになった理由を分かりやすく解説します。
お花見とは?本来の意味や行われる時期

春の暖かな陽気とともに、日本列島を薄紅色に染め上げる桜。
私たち日本人にとって、お花見は春の最大の楽しみといっても過言ではありません。
しかし、そもそもお花見とは具体的にどのような定義を持ち、どのような目的で行われているのでしょうか。まずは基本的な意味と時期について解説します。
お花見の基本的な意味
現代における「お花見」とは、主に桜の木の下で食事やお酒を楽しみながら、満開の花を愛でる宴会のことを指します。
しかし、古来のお花見は単なる娯楽ではありませんでした。
本来は、春の訪れを喜び、神様をもてなすための宗教的な行事としての意味合いが強かったのです。
桜の開花は、農作業を始める合図でもありました。昔の人々は、桜の咲き具合を見てその年の豊作を占い、桜の下で飲食を共にすることで、神様との結びつきを深めていたとされています。
お花見のシーズンと「桜前線」
お花見が行われる時期は、南北に長い日本列島では地域によって大きく異なります。
ニュースなどで耳にする「桜前線」とは、桜(主にソメイヨシノ)の開花日が同じ場所を結んだ線のことです。
例年、3月下旬頃に九州や四国から始まり、徐々に北上して5月上旬頃に北海道に到達します。
そのため、日本では約1ヶ月以上にわたって、どこかの地域でお花見が楽しまれていることになります。
また、沖縄県では1月中旬〜2月頃に「寒緋桜(カンヒザクラ)」が開花するなど、品種や気候によってもお花見のシーズンは変化します。
お花見の歴史と由来!貴族の行事から庶民の娯楽へ

今でこそ、春になればブルーシートを広げて宴会をする風景が当たり前ですが、このスタイルが定着するまでには長い歴史がありました。
実は、お花見の歴史が始まった当初、鑑賞されていたのは「桜」ではなかったのです。
奈良時代:中国から伝わった「梅」の鑑賞
お花見の起源は、奈良時代まで遡ります。
当時の日本は中国(唐)の文化の影響を強く受けていました。その際、中国から伝来した「梅」の花を鑑賞する貴族の行事が、日本のお花見の始まりとされています。
実際、日本最古の歌集である『万葉集』を見てみると、桜を詠んだ歌が約40首であるのに対し、梅を詠んだ歌は約110首も収められています。
このことからも、奈良時代の人々にとっては、花といえば「梅」であり、香気高い梅の花を愛でることが最高のステータスだったことが分かります。
平安時代:「桜」への変化と貴族の遊び
平安時代に入ると、894年に遣唐使が廃止されたことをきっかけに、日本独自の「国風文化」が育まれていきました。
人々の関心も中国由来の梅から、古くから日本に自生していた「桜」へと移り変わっていきます。
記録によると、嵯峨天皇が812年に催した「花宴(はなのえん)」が、桜のお花見の公式な始まりと言われています。
この頃から、『古今和歌集』などで単に「花」といえば桜を指すようになり、貴族たちは桜の下で歌を詠み、優雅な宴を楽しむようになりました。
江戸時代:庶民への浸透と娯楽化
貴族や武士の行事だったお花見が、一般庶民に広まったのは江戸時代のことです。
特に大きな影響を与えたのが、第8代将軍・徳川吉宗です。
吉宗は、江戸の庶民が楽しめる場所を作るため、隅田川堤や飛鳥山(現在の東京都北区)などに大量の桜を植樹しました。
これによって、庶民も気軽にお花見ができるようになり、現在のようにお弁当やお酒を持ち寄って賑やかに楽しむ「行楽スタイル」が定着したのです。
お花見はなぜ桜なのか?梅から桜へ変わった2つの理由

平安時代以降、なぜ日本人はこれほどまでに「桜」に魅了され、お花見の主役として選ぶようになったのでしょうか。
その背景には、古代から続く信仰と、日本人特有の感性が深く関わっています。
理由1:農耕儀礼としての「田の神様」信仰
一つ目の理由は、桜が「神様の宿る木」として神聖視されていたことです。
実は「サクラ」という名前の語源には、以下のような意味があるという説が有力です。
- 「サ」:田んぼの神様(穀霊)
- 「クラ」:神様が鎮座する場所(神座)
つまりサクラとは、「春になると山から降りてきた田の神様が、一時的に宿る場所」を意味していたのです。
農民たちは、桜の開花状況を見て田植えの時期を決めたり、花の咲き方でその年の豊作を占ったりしていました。
満開の桜の下で酒食を楽しむ行為は、もともとは田の神様をもてなし、秋の豊作を祈願する神事だったのです。
理由2:日本人の美意識「もののあはれ」
二つ目の理由は、桜の散り際が日本人の死生観や美意識に合致していたことです。
梅の花が比較的長く咲き続けるのに対し、桜(特にソメイヨシノなどの品種)は、パッと咲いてわずか2週間ほどで散ってしまいます。
この「儚(はかな)さ」こそが美しいとする「もののあはれ」の感情が、平安時代の貴族たちの心を掴みました。
「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし(在原業平)」
(もしこの世に桜がなければ、春を過ごす人の心はもっとのどかだったろうに/桜が散るのを心配して心が落ち着かない)
という歌にもあるように、美しく咲き潔く散る姿に、人々は人生の無常や美しさを重ね合わせてきたのです。
「花より団子」の由来と定番の食べ物に込められた願い

美しい桜を眺めるのも良いですが、多くの人にとってお花見の楽しみは、やはり美味しい屋台飯や宴会料理ではないでしょうか。
ここからは、お花見にまつわる「食」の雑学について解説します。
ことわざ「花より団子」の意味
「花より団子」という言葉は、風流な花の美しさ(外見や名誉)よりも、食べて満腹になる団子(実益や実質)を選ぶことから、「風情よりも実益を重んじること」のたとえとして使われます。
この言葉が定着したのも、庶民の間でお花見がブームとなった江戸時代だと言われています。
当時の人々も、桜の下に集まりながら、結局はお酒や団子に夢中になっていたようです。
お花見においては、皮肉というよりも「花を口実に、みんなで飲み食いして盛り上がろう!」という、庶民の逞しく明るい様子を表しているとも言えるでしょう。
三色団子の色の意味
お花見の定番スイーツといえば、ピンク・白・緑の「三色団子(花見団子)」です。
この3つの色には、実は季節の移ろいと素敵な願いが込められています。
- ピンク(春):桜のつぼみや、春の陽気
- 白(冬):去りゆく冬の残雪、または白酒
- 緑(夏):これから茂る新緑、または初夏の予兆
冬が去って春が来て、夏を迎えるという季節の順番を表していますが、ここには「秋」が含まれていません。
これには、「秋がない=(食べていて)飽きがこない」という洒落(ダジャレ)が隠されています。
「いつまでも飽きずに食べられる」という意味に加え、商売において「商い(あきない)」が繁盛するようにという願いも込められた縁起の良い食べ物なのです。
現代のお花見を楽しむために!知っておきたいマナーと注意点

お花見は公共の公園や河川敷で行われることが多く、多くの人が集まる場所です。
自分たちだけでなく、周囲の人も、そして来年も美しい桜を楽しむために、最低限のマナーとルールを守りましょう。
場所取りとゴミの持ち帰り
人気のお花見スポットでは場所取りが激戦となりますが、必要以上の広さを占有しないよう譲り合いの心が大切です。
無人のシートは風で飛ばされたり、トラブルの元になったりするため、必ず誰かが残るようにしましょう。
また、最も重要なのがゴミの処理です。
近年、ゴミの放置が原因でお花見が禁止になるスポットも増えています。
ゴミ箱が設置されている場合でも、溢れかえっている時は無理に捨てず、自宅まで持ち帰るのが基本ルールです。「来た時よりも美しく」を心がけ、撤収時には周辺の清掃も行いましょう。
桜の木を傷つけない配慮
美しい桜ですが、実はとてもデリケートな植物であることをご存知でしょうか。
特にソメイヨシノなどの桜の根は浅く広く張る性質があり、上から踏まれることに非常に弱いのです。
木の根元にシートを敷いて長時間宴会をすることは、土が固まり呼吸ができなくなるため、桜にとっては大きなダメージとなります。できるだけ根元から少し離れた場所に座るよう配慮しましょう。
もちろん、枝を折ったり、花びらを散らすために揺らしたりする行為は厳禁です。
桜の木に登ったり、ロープをかけたりせず、「見るだけ」で楽しむのが粋なお花見のマナーです。
まとめ:お花見の歴史を知って今年の桜をより深く楽しもう

今回は、お花見の意外な歴史や由来、桜が選ばれるようになった理由について解説しました。
記事のポイントを改めて振り返ってみましょう。
- お花見は奈良時代の「梅」の鑑賞から始まった
- 平安時代以降、日本独自の文化として「桜」が定着した
- 語源は「サ(田の神)」が「クラ(座る)」場所であり、豊作を祈る行事だった
- 団子の3色は季節を表し、「飽きない(秋ない)」という願いが込められている
ただなんとなく「綺麗だな」と眺めるだけでも十分楽しいお花見ですが、こうした先人たちの想いや歴史的背景を知ると、見上げる桜の風景が少し違って見えてくるのではないでしょうか。
今年の春は、ぜひ桜の木に宿る神様や、歴史のロマンに思いを馳せながら、マナーを守って素敵なお花見を楽しんでください。